最近、ニュースなどでも話題になっている、超高齢社会ですが、まずは、超高齢社会の定義。
皆さんは、ご存じでしょうか?
これは、専門家でも間違って言葉を使っているので、知らない方がほとんどです。
総人口に対して65歳以上の高齢者人口が占める割合を高齢化率と言います。
世界保健機構(WHO)や国連の定義によると、高齢化率が7%を超えた社会を「高齢化社会」、14%を超えた社会を「高齢社会」、21%を超えた社会を「超高齢社会」と言います。
日本がはじめて「高齢化社会」となったのは1970年です。
「超高齢社会」と「超高齢化社会」という、2つの言葉がありますが、「超高齢社会」と呼ぶのが正しいようです。
ちなみに、2015年10月1日現在の日本の高齢化率は26.7%です。
7の倍数で呼び方が変えられてるので、高齢化率28%を超えたら、何て呼ぶんでしょうか?(笑)
それでは、本題です。
あくまで、私の考える「超高齢社会を乗り切る方法」ですが、大きく3つの考え方があります。
今回は、2つ目の考え方を書いていきたいと思います。
その考え方は、若い時から、人とのつながりを大事にし、人脈構築をしていくことです。
私がそう思うきっかけとなったのは、大手電機会社でサラリーマンとして働いていた、30歳ころです。
私は、その当時、終身雇用を信じて働いていたのですが、入社13年目にして、後輩が1人もいなく、当時の事業所では、一番下っ端でした。
私が入社した1995年までは、就職市場は活況で、更に私の5つ上の先輩たちの年代が就職バブル期と言われていて、入社の近い先輩や、同期は人数が多かったのですが、自分の入社した次の年から、就職氷河期とか、失われた10年と呼ばれる時代となり、新入社員が極端に少なくなったのです。
この状況は、おそらく、定年の前の年まで続くな!と思ってから、これじゃ、管理職ばかりが増えるか?万年ヒラ社員か?のどちらかだと思い、いずれ終身雇用も無くなるんじゃないか!?と思い、転職活動を始めました。
やはり、自分の裁量で未来が切り開ける、自営家か、フルコミッションの世界に飛び込むしかないと思い、フルコミッション営業の、プルデンシャル生命に入社を志願しました。
(今は独立して、様々な事業をしています。)
そこは、考えてた以上に厳しい世界で、一気にぬるま湯から、外界に出た感じがしました。そこで多くのことを学び、人のつながりや、人脈が生きる上で、とても大事なものだと感じるようになりました。
その時は、目の前の仕事に必死で、周りが見えていませんでしたが、今となれば、そこで必死に築いた人脈が、今の財産となっていますし、これからも人とのつながりを大事にして行きたいと思っています。
サラリーマンの安定した生活から、外界に放り出され、どん底も味わいましたが、これから晩年、老後と迎えて行く上では、大きな財産を築いてきた自負があります。
まだまだ、これからですが、今の自分の様に自営業で仕事を作って行かなければ食べていけない状況のなかで、やはり、人とのつながりが大事であることを実感します。
そういった土台の上で、例えば、60代、70代になっても仕事をしていけるのだと思っています。
私は、サラリーマンの安定収入を捨てて、外に飛び出しましたが、サラリーマンをしながらも、外部の人脈を作っていくことは、十分可能だと思いますし、経済的リスクを減らすことができるので、そちらの方が賢いやり方なのかもしれません。
今後、高齢化が進むなかで、人々が助け合いながら、色々なものや、目に見える財産、目に見えない財産を共有しながら、生きていかないと乗り越えられない時代が来ると思います。
そこに備えて、人とのつながりを築いていくことも、これからの「超高齢社会を乗り切る方法」だと思います。
今回、2つ目の方法を書きましたので、次回は、「高齢社会を乗り切る方法 その3」を書きたいと思います。
コラムニストについて
- 大手企業のグループ会社でエンジニアを12年勤める。 フルコミッションの個人事業主という、実力の世界を知り、外資系大手保険会社に入社。 5年後独立し保険代理店を立ち上げる。 その後、顧客メリットを最大化する為に、保険を扱わずに、中立的なアドバイスに特化した会社を設立。 現在では国内外の金融商品に精通し、お客様の幅広いニーズに対応している。
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